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2008年2月15日オープン
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今度は8月17日の試合について書いていきたいと思う。
写真も使える写真があれば紹介したいと思う。

 まず第1試合は沖縄尚学と作新学院の、沖縄尚学は春の選抜に2回優勝
で作新学院は初めて春夏連覇を経験した、共に甲子園で優勝経験のある
高校同士の実力高と名門との1回戦屈指の注目の好カードとなった。




上の写真が第1試合のスターティングメンバーである。
少し名前が小さいようだ、これでも少しはアップにしてあるんだがまだ
アップが足らないらしい。

 

この写真は綺麗に撮れたほうだ。いつも思うがスコアボードだけを
撮りたいのに観客も映りこんでしまうのは困ったものだと思う。

 この写真は字は読みにくいが、スコアボードのセンターポールに
翻っている夏の選手権大会旗が浜風に翻っている瞬間を、切り取ったのが
面白いから紹介したいと思う。
   
 




これが3塁側アルプススタンドの作新学院の応援団ださすがに伝統校
だけに学校の応援団も多いしアルプススタンドの一般客も結構多い。



これが1塁側の沖縄尚学のアルプスの様子だ。結構、観客が入っている
がこの人数のうち、学校からの応援団以外は沖縄からの人々ではなく、
地元の大阪の沖縄県出身者であるのをご存知だろうか?
知らない人も多いのではないかと思う。

 初めて甲子園に沖縄代表の首里高校が出場した時に、あまりにも
アルプススタンドが寂しいので、可哀想だからよーし俺たち大阪の
沖縄県出身が応援してやろうとアルプススタンドに詰め掛けたのが初めて
になる。

 ほかにも沖縄出身者が顧問になっている西宮市の高校(高校の名前を
忘れてしまった
)の吹奏楽部も、春の選抜と夏の選手権大会の時に友情応援
している。しかも毎年春の選抜と夏の選手権大会に甲子園に出場する沖縄県
代表の高校のどんなリクエストにも応えてくれるそうだ。

 NHKでやっていた番組では、出場校の関係者が「見ず知らずの高校が
ここまでリクエストに応えてくれるのか!!」と驚いているのが放送されて
いた。沖縄県の高野連は、長年に渡って沖縄県の出場校を友情応援してくれて
ありがとうと表彰した。

 これが高校野球の素晴らしいところだ!!プロ野球や大学野球にはない、
地域と高校野球が融合した素晴らしい高校野球ならではのコンビネーション
だ!!高校野球がここまで愛されるのもこういった所だろう。

 よくアルプススタンドは故郷に会えると、よく言われる。その地域から
応援団が来て出身地の高校をアルプススタンドで応援するこれが高校野球の
魅力ではないだろうか?地元の大阪の沖縄県出身者はアルプススタンドで
沖縄代表の高校を応援しながら自分達のルーツを思い出しているのだろう。
そういえば、昔に淀川製鋼所の工場で派遣で働いていた時に沖縄出身の人が、
いつもは年休を取らないで春の選抜と夏の選手権大会の時に沖縄代表の高校
の全試合に応援に行っている人がいたのを思い出す。その人はアルプス
スタンドで沖縄に戻ったような気分になるのだろう。アルプススタンドでは
お国言葉がきけるそうだから。




これが試合終了時のスコアボードだ、どういうわけか数字のほうが
真っ暗になっている。スコアを説明すると3-1で沖縄尚学が作新学院に
勝利した。

この試合の得点経過を説明すると、1回表に朝山選手これでどうだと
ばかりにセンターバックスクリーンに放り込むと、1回裏に西平選手が
負けるもんかというばかりにレフトスタンドへホームランを放り込むと
いう派手な試合展開となった。

 4回裏に沖縄尚学はホームランを打った西平選手が、ファアボールを
選び次の安里選手がライトへのヒットでランナーをスコアリングポジ
ションに送り、次の久保選手のセカンドゴロ併殺崩れの間にランナーが
帰り2点目を取った。

 6回裏にも中村せんしゅのレフトへのヒットで出て次の西平選手の
ライトへの飛球で2塁に進み、この後に3塁に進み安里選手のショート
ゴロを作新学院のフィルダースチョイスの間に3塁ランナーがホームに
帰って決勝点を挙げ勝利するという試合だった。

 実力校と伝統校同士の息詰まる投手戦だった。勝った沖縄尚学と
敗れた作新学院の差はほとんどなかった。6回裏に痛い判断ミスで
1点与えてしまったあのミスだけが少し痛かった。それ以外はエラーも
なく、締まった試合だった。作新学院は沖縄尚学の山城投手に、ホーム
ランを含めて散発3安打に抑えられたのがいたかった。


 

この上の写真は弘前学院光星と北北海道代表の武修館との試合の
スターティングメンバーだ。この試合は大ファインプレーが見られた
試合となった。

 第2試合は八戸学院光星と北北海道代表の初出場の武修館の戦いだ。
試合が始まって、驚いたのはセンターの守備に就いた榎森選手の素晴
らしいファインプレーだった。ダッシュするタイミングがドンピシャリ
でヒット性の打球を取ったナイスプレーだった。

 しかもこの選手だけじゃなく次に、今度はライトの守備に就いた
これも岡本選手も同じくダッシュするタイミングがドンピシャリで
ヒット性の打球を取ったファインプレーだった。

 1回表に八戸学院光星が0点に終わったのは二人の活躍がある。
もし北條選手と森山選手がセンターフライとライトフライにならず
センター前ヒットとライト前ヒットになっていたらあっという間に
ワンナウト1,2塁のピンチになっていただろうまさにチームを救う
大ファインプレーだった。

 もしワンナウト1,2塁になっていたら八戸学院光星は押せ押せ
ムードで先取点が入るだけでなく大量点が入ったかもしれない
その流れにさせない見事な守備だった。もし前半に点を取られていたら
試合の流れも変わっていただろう。

 では試合の振り返りに戻っていきたいと思う。使える写真があった
らいいのだが。とりあえず次に写真を紹介して行こうと思う。




使える写真が他になかったからいきなり第2試合の最終スコアに
入らざるをえない。ではこの第2試合の得点経過を振り返るが、
武修館は4回裏に八戸学院光星の2つのエラーで、ノーヒットで
1点を取った。

 1点を追う八戸学院光星は8回表に北條選手の打球を武修館の
内野がエラーをしてランナーが出て次の足立選手がピッチャー強襲の
ヒットで1,2塁として次の森山選手がセンター前へ2点タイムリー
ヒットであっさり逆転し次の森山選手がレフトへの犠牲フライで
1点を加え新井勝徳選手がライトへのタイムリーヒットで4点取って
試合を決めた。

 第3試合は富山商業と関西(これでかんぜいと読む)の対戦と
なった。まず1回表に富山商業は椎名選手がファアボールを選んで
出塁して、次の横道選手がサードへの犠牲バントで2塁に送り、
次の坂本選手がレフトへのタイムリーヒットで1点を取り先制した。

 富山商業は7回表にも坂本選手がセンターオーバーのツーベース
ヒットで出て、次の轡田選手がレフトへのヒットで1,3塁として、
次の加藤選手がファアボール出て、満塁として、次の富川選手が
ショートへの内野安打でまず1点を取り、そして岩瀬選手がセンター
へのヒットでもう1点を取り3-1とした。富山商業の得点シーン
はこれだけしかない。

 関西の得点シーンは9回裏の1回しかない。その得点経過を振り
返ると、まず2番高橋選手がサードへの内野安打で出て代打の奥村
選手がライトへのヒットで1,3塁として平野選手のレフトへの
犠牲フライで1点を取った。関西の攻撃はこの回だけだ。

 またしても、富山商業が投手戦を制した。もちろん、こういう
試合を制したのはなんと言っても好投手の森田投手の素晴らしい
投球にあることは言うまでもないことだろうと思う。

 前評判は決して高くなかったが森田投手は今大会屈指の好投手
であることは、この2戦で、余すところなく示している。
関西は打力もあるチームだ、その関西に1失点しかしていない
とはなんと素晴らしい投手だろうか!!あの強打の関西を
4安打の1点に抑え込むとは本当に素晴らしいの一語に尽きる。

 第4試合は大会初日の開会式直後の第1試合で春の選抜大会王者
の龍谷大平安を5-1で破って、多くの高校野球ファンに衝撃を
与えた春日部共栄と敦賀気比との試合となった。

 この試合は今度は敦賀気比が高校野球ファンに衝撃を与える試合
となった。




これが春日部共栄と敦賀気比のスターティングメンバーである。
この写真はちゃんと選手名が読める大きさになっている。
この日の写真が全部こんなに綺麗に映ってればよかった
だが。



これが3塁側アルプススタンドの敦賀気比の応援団である。
どうしてもフェンス越しにしか撮れないのが残念だ。
得点が入って盛り上がっているところだ、福井は甲子園に近い
だけに応援団もたくさん入っている。

 

これが春日部共栄と敦賀気比との試合の最終スコアーである。
10対1で敦賀気比が春日部共栄に勝った。もう少し春日部共栄が
頑張るじゃないかと思ったが、敦賀気比の平沼投手の投球が素晴らしく、
敦賀気比の圧勝に終わった。

 では例によって、また第4試合の得点経過を振り返っていきたいと
思う。まず敦賀気比は1回裏に篠原選手がピッチャーのエラーで出塁
すると、次の下村選手がキャッチャー前への犠牲バントで2塁に
ランナー送り、4番の岡田選手がセンターバックスクリーンへの先制
ツーランホームランでまず2点を取った。 

 2回裏にも2番バッターの下村選手がピッチャーへの強襲ヒットで
出て、岡田選手がデッドボールで出て、1,2塁として御簗選手が
レフトへのヒットでまず1点を取り、次の平沼選手がショートへの
内野安打でもう1点を取り、次の山本選手がサードへの内野安打で
合わせて4点をとった。

 8回裏にも、下村選手と浅井選手が連続してレフト前にヒットを
打ち1,2塁として次の岡田選手はまたデットボールで出塁して満塁
として、次の峯選手がレフトオーバーのツーベースヒットで4点を取った。

 春日部共栄の反撃はやっと9回表になってから、守屋選手のセンター
オーバーのツーベースヒットでまず2塁にランナーを置き、原田選手の
ライトへのヒットで1点を取ったが、この1点だけだった。

 開会式直後の試合で龍谷大平安を破って春日部共栄が衝撃を与えたが、
今度は敦賀気比のほうが衝撃を与える番になった。

春日部共栄は埼玉県の強い高校だ、この高校を大差で破るとは敦賀気比
は素晴らしいものを持っている。もしかしたら優勝を狙えるかもしれない。
それだけの力は持っている、強力打線だし、エースの平沼投手も素晴らしい
ものを持っている。投攻守とも素晴らしいものを持っている素晴らしい
チームだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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8月11日の月曜日にピースを休んで甲子園に高校野球を観戦しに行った。
開会式も見れてよかったし、開会式の入場行進の各高校のプラカードを持つ、
県立西宮高校の女生徒が入場行進の練習をしているのを写真に撮ったので
その写真を紹介したい。

 
これが市立西宮高校の女子高生が入場行進の練習をしている、ところである
武修館のプラカードがはっきりと見えている。

今まで何回か開会式を見ているが、外野で各高校のプラカードをもつ
女子高生が本番に備えて入場行進の練習をしているのは初めてである。
例年と違って、今年はリハーサルから開会式が2日も延びたから、
もう一度、入場行進の練習をし直さねばならなかったのだろう。

皆さんは、なぜ市立西宮高校の女子高生だけが春の選抜と夏の選手権
大会にプラカードを持って入場行進するのかご存知だろうか?
多くの人は知らないだろうから、知っている限りで、お教えするが、
たしか戦後にまた甲子園で高校野球を行われる復活の大会の時だったと
記憶してしているが、大会関係者は大会に出場する高校のプラカードを
持ってくれる女子高生を探していた。その時に、ちょうど大会関係者の
知り合いに女子高生の娘を持っている人がいて、白羽の矢がたった。
その高校が市立西宮高校だったのである。その縁で春の選抜大会と
夏の選手権大会の時にプラカードを持って入場行進する女子高生は
市立西宮高校でオーディーションで選ばれる。

 高校野球の好きな女子高生が、甲子園に立つ機会は大会規定で女子高生の
公式戦の女子高生の春の選抜大会と夏の選手権や公式戦の女子選手しての
参加は認めていないから、このプラカードを持っての入場行進しかない。
後は野球部のマネージャーになって記録員としてベンチに入ってグランドに
入るかくらいしかない。

 そのために市立西宮高校に入る女子生徒も多くないそうだ、朝日新聞で
昔に読んだ記事によると、市立西宮高校に入っても誰でも選ばれるわけ
ではないらしい。まず身長が160cmなければ、オーディーションすら
受けられないから身長を伸ばすために鉄棒にぶら下がって身長を伸ばそう
としたりほかにも、オーディションに受かるためにあらゆる努力をするそうだ。

 しかし春は32校で夏は49校分しか席はないのに200人以上も
オーディションに参加するのだから狭き門である。やはりこういうものは
縁というのだろうか?何組か母娘でプラカードを持つという話を聞いたこと
がある。もちろん母親は娘を指導するから、母親がプラカードを持って
入場行進したというのは娘の女子高生にとって有利になるだろう。

 次に紹介する写真は入場行進の時に選手が外野に止まる時の位置を
しめすものだ。

 確かにこんなものでもなければ外野のどこに止まればいいか分からない
だろう。

 ではそろそろ開会式のことはそんなところにして開会式直後の第1試合の
龍谷大平安と春日部共栄の試合を振りかって行きたいと思う。

写真を撮ってきたのだがいまいちアップが足らないのかぼやけて使い物
にならないので使える写真を使ってこの試合をふりかえっていきたいと思う。

 スコアボードの写真が、全部ピンボケになっているから第1試合の
スターティングメンバーはサンスポのネット版でも見てもらうとして試合を
簡単に振り返っておく。

 春日部共栄は1回表に清水選手がレフトへのヒットで出ると、続く
佐野選手のピッチャー前の何でもないピッチャーへの犠牲バントを、
龍谷大平安の先発の元氏投手がファーストに暴投してノーアウト1,3塁に
して守屋選手がセンターへの犠牲フライで1点を取ると次の原田選手が
レフトへのヒットで、次の平塚選手がデッドボールで塁が埋まった後に、
ピッチャーの金子選手にもレフトへのヒットを打たれ、また塁が埋まった後
に長岡選手に2点ツーベースヒットが出て、その上に小林選手にまでレフト
へのヒットを打たれて一挙に5点を取られてやっとこさ、高橋投手の肩が
出来上がってリリーフで抑えたが時すでに遅しで元氏投手の大乱調のせい
で龍谷大平安は負けてしまった。

7回裏に姫野選手の犠牲フライで1点を取ったが、もう焼け石に水だった。

 これだから高校野球は恐ろしい、ちょっとした調子の乱れで決勝点を
与えてしまって取り返しがつかなくなる。

 勝負事にタラレバは禁物とは思うがもし高橋投手が最初から投げていれば
こんな惨めな負けにはならなかっただろうと思ってしまうのは僕だけだろう
か?これで春夏連覇をめざしていた龍谷大平安が負けて優勝争いが混沌と
してきた。

この上の写真は1塁側の龍谷大平安のアルプスの様子である。
あまり得点シーンが少なかったので盛り上がらなかった。



こちらが春日部共栄のアルプスだ。こちらは点がたくさん入ったから
盛り上がっていた。
これが第1試合で使える写真はこれだけだしかない。
続いて第2試合の敦賀気比と坂出商の試合の振り返りに移りたいとおもう。



これが敦賀気比と坂出商とのスターティングメンバーである。
第1試合の写真に比べれば、だいぶんとピントがましになったから写真を
紹介しようとおもう。少し注意してもらえればかろうじて選手の名前が
見えるかと思う。第1試合の写真はもっとひどかった。


 

 先発の金丸投手をあきらめて、石塚投手に交代している。
これからもどんどん坂出商業は選手をどんどん変えてくるから、それを
写真で紹介したいと思う。

 

坂出商業は石塚投手をあきらめて高木選手を代打に送った。

 
代打の高木選手に替えて西口投手が登板した。まだ坂出商業は選手を替えて
くるから、また写真で紹介していく。


坂出商業は西口投手をあきらめてキャッチャーだった沢井選手が、
4人目の投手としてマウンドに上がった。



これが第2試合の最終スコアである分かりにくいが16-0で
敦賀気比が大勝した。

 この試合の得点経過を簡単に振り返ってみると1回裏に敦賀気比は、
1番の篠原選手がレフトへのヒットで出て、浅井選手がセンターへの
犠牲フライで2塁として岡田選手がライトオーバーのツーベースヒットで、
まず1点取りランナーを2塁に置いて峰選手が、レフトスタンドに入る
ツーランホームランで3点目が入った。

 その後も攻撃の手を緩めず御梁選手がセンターへのヒットで出て、
平沼選手と山本選手にも連続センター前ヒットが出て4点取った。

 3回にも峰選手がレフトへのヒットで出て次の御簗選手がキャッチャー
への犠牲バントで2塁に進めて、次の平沼選手がライトオーバーの
ツーベースヒットで1点を取り。

 5回にも先頭の篠原選手がセンターのバックスクリーンに放り込む
先頭打者ホームランでまず1点取り。御簗選手がレフトオーバーの
ツーベースヒットで出て、平沼選手がピッチャーへの犠牲バントで
ランナーを3塁に進めて、中本選手のセンターへのツーベースヒットで
1点しか入らないはずだが、どういうわけか2点入って5回裏は3点
入っている。

 6回裏も篠原選手がライトオーバーのツーベースヒットで出て、
下村選手がデッドボールで出て、次の浅井選手がショートのエラーで
満塁になり岡田選手がレフトへのヒットで2点取り、連続ライトフライ
でランナーを進めて平沼選手が、ファアボールを選び代打の松岡選手の
セカンドへの内野安打で2点を取って計4点が入った。

 8回裏も米満選手のレフトへのヒットで出て、次の下村選手が
センターへのヒットでノーアウト1,2塁として、次の浅井のレフトへ
の犠牲フライでランナーを進めて次の岡田選手のレフトへのヒットで
点をとり、織田選手がファアボールを選び代打の井上選手のセンター
へのヒットでこの回も計4点取った。

 この試合は後は平沼投手が坂出商業を散発3安打に抑えて勝った。
やはり敦賀気比が先発全員の21安打、16得点で完全に主導権を
握って終始、試合を有利に進めたことが勝因だろう。21安打、
16得点も取られたら、坂出商業も戦意喪失してしまうだろう。

 次の第3試合は富山商業と日大鶴ヶ丘の試合となる。
この試合はなんと富山商業が西東京代表の日大鶴ヶ丘を投手戦で破る
という驚くべき結果になった。

これが富山商業と日大鶴ヶ丘のスターティングメンバーだ。
少し小さいがこの試合の写真は少ないのでこれで我慢してもらいたい。



こちらが3塁側の富山商業のアルプススタンドである。
富山県代表にしてはアルプススタンドの応援団が多い。



これが第3試合の途中経過だ。日大鶴ヶ丘が代打の金井選手に代わった時
に撮ったものだとおもう。それにしても団扇を持ったおじさんは僕と同じ色
のシャツを着ている。

 この試合の得点経過を簡単に振り返っていきたいと思う。
得点経過といっても富山商業の
2回しかないが。まず5回表に5番の加藤選手
がライトオーバーのスリーベースで出て、次の富川選手はレフトフライで
アウトになったが次の岩瀬選手がセカンドへの内野安打で
1点を取った。

 次の得点は6回表に入った。まず坂本選手がレフトへのヒットで出て、
次の轡田選手もレフトへのヒットで続き、次の加藤選手のライトへのヒット
と、
3連打で1点を取ったこの2回しかこの試合の得点シーンはない。
完全な投手戦だった、日大鶴ヶ丘は散発6安打に抑えられて全くいい所が
なかった。

 森田投手は非常に調子がよかった。森田投手は、前評判はそんなに
高くなかったが、いい投手だと思う。日大鶴ヶ丘も西東京代表だから打力は
あるはずなのだが森田投手の素晴らしい投球の前では手も足も出なかった。
去年の夏の富山第一の活躍といい、今年の富山商業の活躍といいこの2年の
富山県勢の野球レベルは確実に上がってきている。

 去年の富山第一は準々決勝まで勝ち上がったし、今年も森田投手の
素晴らしい投球と打撃陣がもう少し頑張れば、今年もかなり上のほうまで
上がっていけるのではないだろうか。











 

7月に祇園祭の後祭りの山鉾巡行が行われたが、今年から49年ぶりに先祭りと
後祭りで行われたわけだが、皆さんは山や鉾の正面や側面を飾る前垂れや、
側面を飾る敷物がどこから来たか知っているだろうか?
NHKの特集で僕も初めて知ったが、驚くべき内容だったのでこれを、
これから紹介したいと思う。

まず最初に紹介されたのは魚鉾だった。
魚鉾を保存している保存会の人々は昔から、自分たちの鉾を飾る敷物が
どこから来たか知りたがっていたが遂に外務省を通じて調査依頼をした。

BBという頭文字のマークからベルギーに昔あった公国で17世紀から18世紀に
作られていたことが分かったが、これはベルギーのブリュッセルで
調べられた、昔はオランダとベルギーは
1つの国だった期間もあったから
調べられるのである。
そのタペストリーは自信を持って作られる1級品だということがわかった。
またこういうタペストリーはその
1枚だけ作られるということはなく連作
としてつくられるのであって、他にもタペストリーが存在するということ
も分かった。

内容はトロイア戦争(と言っても、ほとんどの人が分からないだろうから
分かりやすく説明すると、有名なトロイの木馬を利用した戦争と言えば
分かる人も多いだろう。ギリシャ軍が、いくら攻めてもトロイアに
勝つことができないので奇策を考え出した。大きな木馬を町の外に置いて、
いかにもギリシャ軍が撤退したかのように見せかけてトロイア人が勝った
ぞと喜んで木馬を町に入れたが、実はその木馬のなかに、
たくさん兵士が隠れていて真夜中に兵士達が木馬から出て都市の門を
開けてギリシャ軍が勝利した戦争である。
日本ではトロイと呼んでいるがヨーロッパではトロイアと呼ばれている。)
この場面が魚鉾のタペストリーに描かれている。増上寺のタペストリー
だけは仏さんの絵柄だが。

江戸時代の鎖国期間中にどうしてこれらの敷物が日本に入ってきたの
かも謎だし、しかも祇園祭という町衆の祭りを飾る山や鉾に使われている
のかということも謎だった。

その謎もきれいに明らかにされていた。このタペストリー(ヨーロッパ
ではタペストリーと言うから今後は全部タペストリー呼ぶ)はオランダ人
が日本に持ち込んだのである。

鎖国期間中にオランダ(本当はネーデルランドと呼びべきだ)は
ヨーロッパ諸国の中で唯一、日本と交易できるのだから、オランダは
将軍に高価な贈り物をしなければならないその贈り物がこのタペストリー
だったのである。

また何故、将軍家所有のタペストリーが祇園祭の鉾に前垂れや側面を飾る
タペストリーとなったのか、また連作なら他のタペストリーは日本の
何処に
あるのかと言う謎もときあかされていた。


まず1枚は東京の増上寺の仏さんの後ろを飾っていたことが明治5年に
増上寺を訪れた外国人の写真に撮られていたが、その後に東京を襲った
火事で燃えてしまった。

もう1枚は石川県にある加賀100万石、前田家が徳川家と婚姻により縁続き
になった関係で金沢にある。

もう1枚は関係は示されなかったが長野県にある。そしてもう1枚は
奈良県にある。

そしてなぜ、京都の祇園祭の鉾にタペストリーが使われているかと言うと。
京都の豪商
(残念ながらその家の名前は忘れてしまった。)が徳川家に
2000両
(現在の価格に直せば4000万になる)を貸し付けていたから
代わりに将軍家から渡されたものであることが分かった。

三井家(もちろん今の三井財閥の前身)は両替商と呉服屋として
繁盛していたわけだがその豪商から呉服を買い入れた。
その豪商は今の松坂屋の前身である。
江戸時代の京都にはそんな豪商がいっぱい住んでいたのである。
しかも魚鉾のタペストリーは特に流転している。今ある魚鉾の
タペストリーは
実際のタペストリーの半分でしかない。
もう半分は将軍家からもらった例の豪商が、
今の滋賀県の大津の人に
2000両で売った。そのために現在ある魚鉾のタペストリー
は途中で
縫い合わせた状態になっている。魚鉾これで魚鉾のストーリーはこれで
終わりである。

つぎは月鉾の物語である。少し横に逸れるが世界中のタペストリーの
専門家はずっと、
17世紀から18世紀の絵画に描かれていた8角形の柄の
タペストリーを探していた。
どんなに探しても、見つけられないので、こんな柄のタペストリーは
本当にはないもので昔の画家が想像で描いたもので、こんな柄の
タペストリーは現実には存在しないのではないかと、思われてきた。

しかし、メトロポリタン美術館のタペストリーの専門家が祇園祭に
来て写真を撮って帰ったがその中に、世界中のタペストリーの専門家が
長年に渡って探していた
8角形のタペストリーがあるのが分かって
驚いた、それが月鉾を飾るタペストリーだった。

NHKの番組では、ヨーロッパではタペストリーは日々の生活で敷物
として使われて(日本ではタペストリーと言う名前より絨毯と
言ったほう分かりやすいだろうが)
擦り切れたら捨てられるが、日本ではタペストリーは美術品として
扱われるので(特に山や鉾のタペストリーは各町内で大事に
受け継がれる)から今も月鉾で今も大事に受け継がれるのだろうと
いっていた。
月鉾に来たのは魚鉾と同じ理由だろう。これで月鉾のストーリーは
これで終わりである。

そして最後は籤とらずの常に祇園祭の先頭をいく長刀鉾の
タペストリーの物語である。
このタペストリーは世界にたったひとつの珍しいタペストリーだ、
しかも普通のタペストリーは赤や黄色や青などの多色で
織られているのに長刀鉾のタペストリーは白と黒の
2色だけで
織られている。

染色の専門家が言っていたがこの織物は赤の染料が手に入らない
遊牧民が作ったのではないかと言っていた。
昔から赤の染料は高価だったらしい。

それに長刀鉾のタペストリーは普通のタペストリーのように
手触りが滑らかではなくて、ごわごわしているらしい、
そこで長刀鉾のタペストリーのことを調べるために少しだけ毛を
採取して年代分析と
DNA鑑定をすることにした。

その結果は年代は12世紀から13世紀に作られたことがわかった。
そして何の毛でつくられているかの調査だが
DNAの調査だが
驚くべきことが分かった。
データベースによると、ひとつは牛の毛、これだけでは生息範囲が
広すぎて分からないが、もうひとつはチベットカモシカの毛で
あることがわかった。

この発見で製作場所が限られた。チベットカモシカはチベットから
中国北西部にしか生息していないからだ。

長刀鉾のタペストリーを見ると、梅の木が中心にあるから
中国文化圏でつくられたことがわかる。それに長刀鉾の
タペストリーの外側に織られている模様を調べるとアラビア語の
書体のひとつでイスラム教の神である、アラーと書かれているのが
わかった。

これで何かアラビアの感じがしてきたが、そこで12世紀から13世紀
という年代を考え合わせると、そこにモンゴル帝国という存在が
浮かび上がってくる。

モンゴル帝国時代の中国にイスラム教徒がたくさん住んでいたことは、
マルコポーロの東方見聞録に書かれているのがわかっている。

そこでこういう推測も出てくる。中国では昔は作っていなかったが、
タペストリー製作の盛んな中近東からイスラム教徒のタペストリー
製作の専門家が中国北西部に移住してタペストリーの技術が
モンゴル帝国の時代に中国北西部に、もたらされてタペストリーが
作られたがモンゴル帝国の滅亡と共にこのタペストリーの担い手が
いなくなったと言う推測も可能ではないかと言っていた。
これで長刀鉾のタペストリーのストーリーも終わりである。

これで今回の鉾を飾るタペストリーのストーリーは、
全て終わりである。
このNHKスペシャルではたった3つの鉾のタペストリーを紹介して
いたが、ほかの鉾や山のタペストリーもそれぞれ色々とストーリーが
あるのだろう。

若いときに京都市美術館で祇園祭の鉾のタペストリー展示してあって、
なぜ祇園祭りの鉾を飾るのが
14世紀のタペストリーなのだろうか疑問
に思ったが、
NHKスペシャルを見てやっと分かった、ヨーロッパから、
中国からほかにも色々な国からきているのだろう。
他の国では美術館に飾られているタペストリーが祇園祭では道路を
巡行しているのだから祇園祭が、動く美術館と言われるのが分かる。

本当にアメリカ軍が第2次世界大戦で学者の要求を受けて、京都と
奈良を爆撃しなくて良かったと思う。もし京都を爆撃していたら、
このタペストリーは永遠に失われただろうし、奈良も東大寺を含めて
木造建築物は失われただろう。

なんと言ってもこのタペストリーは世界的にも貴重なもので全人類の
大事な遺産と言うべき未来の人々へ大切に引き継いでいかなければ
ならない。

 

 





今週の火曜日に神様のベレー帽という、
関西放送55周年記念作品のドラマとしてて
手塚治虫をテーマとしたドラマだった。

ヒロインは現在の出版社の漫画の担当の女性編集者なのに
漫画を1冊も読んだことがないというとんでもない女性で、
ある日にブラックジャックの全集を机にどんと置いて、
今日中にこの全巻を今日中に読めと言われて、
晩の遅くまで読んで1人きりになった時に、
不思議な人物が現れて過去に送られた。
謎の人物が「万事取り計らっておる。」と言う通り彼女は
ずっと前から秋田書店にいるものと過去の秋田書店の
同僚たち思って、だれも未来からきた女性だと誰も気づかない。

手塚治虫の担当になることになった。
手塚治虫という人の担当になった編集者はとんでもない目に
合わされる羽目になる。

まず手塚治虫は仕事を決して断らないから非常に忙しくて、
手塚プロにきて張り付いてないと原稿はもらえないから、
締め切り前になると何日も手塚プロで過ごす羽目になる。

手塚治虫という人は4日が描くと言ったら必ず約束は
果たす人だから、出版社は約束の時間まで輪転機を
開けて待っている。
今までの信頼関係の積み重ねのなせる業といれる。

また手塚治虫は決して人を呼び捨てにしない人で、
その女性編集者は、小田切だから、小田切氏とよぶ。

これは、なにも外部の人間だけのことではなく、
手塚プロのスタッフでも全て氏をつけて呼ぶのである。
ほとんどの日本社会が名前を呼び捨てにするのが一般的なのに
手塚治虫は珍しい。関西汽船なんか女性客室乗務員の名前を
呼び捨てにしているにえらい差だ!!。
女性乗務員の名前を呼び捨てにするなんて、
関西汽船のパーサーは紳士ではない。
それに引き換え手塚治虫は紳士である!!

少し脱線したが、その手塚治虫にも欠点はある。
カップラーメンが食べたいと言ったから手塚プロのスタッフが
近くのカップラーメンを買って来たら、
「ここのカップラーメンじゃなく、新宿のカップラーメンが
食べたいんですと言われて」、わざわざタクシーで
カップラーメンを買いに行かされたり、
「ケーキが欲しいんですケーキがなければ描けません」と
言ってみたり、「僕のベレー帽がありませんこれがないと
描けません」と言ってみたり、ちょっとわがまま坊やの
ような所がある、これが手塚治虫の欠点だろう。
人より変わった所がある。これが天才という人の個性だろう。

とかく日本人は人の個性を普通でないとか常識から
はずれているなど、すぐ勝手に基準を作って、
その基準にあてはまらないとすぐに排除しようとする。
だから、日本人は個性のない
YESマンばかりが金太郎飴の
ように同じ個性の人間が判で押したように次から次から
学校から生まれてくるのである。
だから日本には天才と言う人間がほとんど生まれて
来ないのである。それでいて、政治家は天才が少ないとか
嘆く、本当にバカとしか言いようがない、
欧米では人と変わっているのを見て、それが君の個性だ
として型にはめようとしない教育が当たり前になっている。
日本とはえらい差だ!!これじゃ個性が必要な研究者が
少ないはずだ、たまに天才が生まれても日本の均質化や
研究環境が整っていないのが嫌でアメリカに流出してしまう。
アインシュタインは相対性理論を考えてたりして天才だったが、
人より変わっていたそうだ、日本も個性を大事にする教育を
取り入れなければこのままでは日本は世界で勝ち残れないだろう。

大分また脱線してしまったが手塚治虫は仕事では、
一切と言っていいほど妥協はしなかった。

出来上がった原稿をスタッフに批評させて、
面白くないと言われたらその原稿を捨てて、
20分で仕上げますと言って書き直して編集者に渡したり、
ブラックジャックのアニメの試写会でこの絵は駄目だと言い、
もう色も付いて付いているセル紙を没にして。
作画監督が「どこが悪いんですちゃんとしているじゃないですか、
もう色も付いてるのに」と迫ったら、一言だけ「ブラックジャック
はこんな歩き方はしないからです。」と言い描き直して下さい
と言って作画監督が「時には妥協も必要じゃないですか」と
迫った時に、小田切が「それは、違うんじゃないですか、
そんなことをして水島さんは満足できるんですか?」と言い
水島がすいませんでしたと言い、納得して手塚治虫が
「僕に出来たんだからあなたにも、出来ます」と言った瞬間に、
またあの不思議な人物が現れて現在に連れ戻された。

その後には小田切は変わった、今までは才能がないから
漫画家になるのを諦めた方がいいと言っていたのを。
前よりかは、ましになりました頑張ってくださいと
言うようになった。

過去の時代で手塚治虫の担当になって、ずっと何日も
手塚プロに張り付いて原稿をもらう間に、手塚治虫が
天才なんかだけじゃなく努力して、決して妥協せず
原稿を作っているのに気づいたからだろう。

手塚治虫があんなに努力して、決して妥協せずに原稿を
作っているとは全く知らなかった。
ひどい時は徹夜して少しコピー機の間に敷いた段ボールの上で
仮眠を取るだけで、また仕事をするなんて、あれじゃ早死にする
はずだ、普通の人の何倍もいや何十倍も努力している。

それに、鉄腕アトムとかマグマ大使とかジャングル大帝レオとかを
アニメで見ていた僕にとっては手塚治虫は売れっ子作家だと
思っていただけに、少年誌では、ぱっとしない結果とは思っても
いなかったいなかった。ブラックジャックのアニメを作るのに
あんなに苦労するとは、1つ作品をつくるのに漫画家は
あんなに努力するとは、そういえばジブリの作品をつくるのに
宮崎駿も努力していたこを思い出す。

手塚治虫みたいに連載を抱えてないが、その代わりにアニメ映画
ばかりを作るからどちらも苦労は似たものだろう。
こう言う天才のおかげでぼくらは楽しい映画やアニメを見させて
もらう、全ての漫画家とアニメ映画を製作する人々には頭が下がる。

 

 

 

 

 

 

まず、日本代表は721日にソウルワールドカップスタジアムで
中国代表と戦った。前半
5分にPKを与えてしまい、
中国代表の王永珀に決められて、この試合はどうなるのだろうと
心配したが。後半
33分に栗原勇蔵が同点ゴールを決めて同点となり、
前半はなんとか同点のまま終了した。

後半14分に柿谷曜一朗の逆転ゴールで勝ち越して、後半16分には
工藤壮人の試合を決めるゴールが決まった時に、これでこのまま
この試合はいけるかと思われたが。後半
36分にまたもPKを与えて
しまい、王永珀にまたしても
1点差に迫るゴールを決められて、
試合がどっちに転ぶか分からない展開になってしまった。
そして孫可に同点ゴールを決められてしまった。

今年の東アジアカップは若手選手の発掘を目的に、今まで代表経験
の少ない選手や全く経験のない選手を中心に構成されていて、
中国戦の前までに
2日間しか全体練習していない急造チームだった
からその弊害がもろに出た、試合となってしまった。

守備の連携もうまくいかないし、3-1とした試合をドローに
持ち込まれてしまうとはもったいない。

次は725日にチャムシル競技場でオーストラリア代表との1戦だ。
この試合は中国戦、とは、全く違うメンバーで戦った。

前半26分に斉藤が先制ゴールを決めて前半は1-0で終わった。
日本代表は後半も調子よく攻めることができた。
後半11分大迫が勝ち越しゴールを決めてこれでこの試合は
いけるかと思ったが。後半31分にデュークに1点差に迫るゴールを
決められて後半
34分にもジュリッチに1点差に迫られるゴールを
決められて後半になって立て続けにゴールを決められる苦しい試合
になってしまった。

しかし、大迫がゴールを決められた後にすぐ突き放すゴールを
後半
34分に決めてなんとか勝利をたぐり寄せてなんとか、勝利した。

今年の東アジアカップに言えることだが、たくさんゴールを
決めてくれるのは嬉しいのだが、失点が多すぎる!!
すぐ守備に穴が開いて簡単にゴールを決められてしまう。
なんとか修正して欲しいものだ。

そして、いよいよ最終戦の韓国戦だ、この試合は韓国も今年の
東アジアカップはいずれも0-0のスコアレスドローが続いて、
今年の東アジアカップで優勝するには日本代表に
2点差をつけて
勝たなければならないから、試合の最初からガンガン韓国代表が
前掛りにくる難しい試合になった。

まず前半25分に柿谷曜一朗が先制ゴールを決めた。前掛りに来た、
韓国代表の守備陣の裏を取っての見事なゴールだった。
本当に相手キーパーと
1対1になっても落ち着いて相手キーパーの
取れないコースに決める素晴らしいシュートだった。

しかし、前半35分に尹一録に同点ゴールを決められて同点に
されてしまった。しかし、後半
46
(ということはロスタイムに入ってからということだが)
柿谷曜一朗が韓国代表を突き放す値千金のゴールを決めて
この試合を勝利して、東アジアカップ初優勝を成し遂げた。

この東アジアカップは若手選手の発掘が目的で準備不足
が否めない状態で東アジアカップ
に向かうことになってしまった。
いくらなんでも全体練習ができたのがたった
2日しかないのは
準備不足過ぎるだろう。

そして、初戦の中国戦にもろにこの準備不足の弊害が出てしまった。
守備の連携がなってなかったし、代表経験が少ないか、
全く代表の経験がない選手ばかりで国際経験の無さも出たのかも
知れないそれにほとんどが若い選手ばかりで若さゆえの経験の
少なさという所もあったのかもしれない。

しかし、だんだんに良くなってきたオーストラリア戦には
だいぶましになってきた。オーストラリアの時はけっこうピンチを
防いでいたし、まあ後半に立て続けに
2ゴールは、いただけないが。

韓国戦の時は守備はかなり良くなってきた。
あんなに、韓国代表が攻め続けても、たった
1ゴールに抑えるのなんて、
素晴らしい!!あの韓国代表の猛攻を良く抑えたものだ。

新しい日本代表に選ばれるであろう、若手選手も何人かいた。
まず最初に柿谷曜一朗だろう初代表で初得点の後に
2試合連続ゴール
という日本代表選手の中でも
4人しかいない記録を打ち立てて、
東アジアカップで
3ゴールを決めて得点王になって
日本代表の東アジアカップ初優勝に大きく貢献した。

斉藤学もあの、ほかの選手には真似できない相手ディフェンダー3
とキーパーをかわしての独特のシュートは、今までの日本代表には
ない新しいオプションとして使える可能性を秘めている。
工藤壮人も柿谷曜一朗と同じ日本代表で初得点の記録を打ち立てた。
大迫勇也も
2ゴールを決めて日本代表の東アジアカップ初優勝に
大きく貢献した。

ディフェンダーも森重真人や駒野友一や槙野智章や栗原勇蔵や
森脇良太や徳永悠平や鈴木大輔も良く守っていた。
初戦の中国戦は守備が機能しなかったが、
試合を重ねるごとにだんだん良くなっていって、
韓国戦はあの猛攻を完璧に近いほど止めていた。

MFも山口蛍や高萩洋二郎や工藤と斉藤はもう紹介したから
省くとして原口元気も良くやっていた山口や高萩や原口は
攻撃の拠点として、そして守備の要としても機能していた。

韓国戦の2点も原口からの攻撃からの韓国を突き放す2点となる
ゴールだった。そして忘れてはならないのが豊田陽平だ。
得点こそ挙げられなかったものの高い身長を利用しての
ポストプレーや守備での貢献など大きく機能していた。

そして、忘れてはならないのがGKの権田修一と西川周作の
キーパーとして働きも素晴らしかった権田は中国戦では
3点も
取られてしまったが、韓国戦ではファインセーブを見せて韓国を
1ゴールだけに止めた。韓国代表のシュートの嵐を止めた権田の
働きがなければかなり厳しい試合になっていただろう。

他の選手もよく韓国代表の猛攻を良く抑えていたと思うし、
韓国代表は地元の応援がすごくて、その応援に勇気づけられて、
ガンガン攻められても日本代表はよく抑えていたと思う。

前の2戦で5失点もしてしまった反省を活かしてよく
守備を固めていた、韓国戦は今までの試合の中でも最高の試合
だったと、思う。

ヨーロッパからもスカウトがたくさん、東アジアカップを
見にきているらしいから、柿谷曜一朗は間違いなくヨーロッパの
クラブチームでプレーすることになるだろう、斉藤学もあのだれも
真似のできない独特なシュートも魅力的に映るかも知れない。

柿谷曜一朗は東アジアカップの得点王だ、あの決定力は海外の
どこのクラブでも欲しがるだろう。

東アジアカップは、最初の中国戦で3-1で勝っていながら国際経験
のなさから同点に追いつかれてドローに持ち込まれるという、
衝撃的な試合で幕を開けたが、オーストラリア戦も2点取られて、
苦しい試合で推移したが、韓国戦もかなり押し込まれる苦しい時
間帯が多かったがよく、1ゴールの1点だけに抑えたのは見事
だとおもう。

中国戦には2日しか全体練習できなったから、負けに等しい
引き分けに終わってしまったが、オーストラリアは2ゴールの
2点だけに抑えて、韓国戦は1ゴールの1点のみに抑えて、
あの猛攻を受けたのにもかかわらず、よく1点だけに抑えたものだ

韓国戦は東アジアカップの集大成と言える試合だったと、言えるだろう。

東アジアカップは収穫と課題の多い大会となった。
収穫は、なんと言っても柿谷と工藤と斉藤だ。課題は守備の方だ、
決定力不足はなかったが2試合で5失点と言う失点は余りにも
多すぎる!!守備の意識は低くはなかったはずだが、
マークの受け渡しが若干欠けていたとか体を寄せていかないとか、
ボールウオッチャーになったり、相手選手のマークに集中しすぎて
シュートコースが空いてしまってゴールを決めれるとか結構、
単純なミスが多かった。これから日本代表として長い間
プレーしてもらわなければならない若い選手達ばかりだから、
決定力は充分だから、今度は守備力も鍛えてもらいたいと思う。








 

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